伊集院光が落語を披露?YouTubeで配信?落語家をやめた理由は?

伊集院光が落語家に復帰?師匠が提案?経緯をおさらい!

芸歴30年以上。ラジオやテレビではすでに確固たるポジションを確立している伊集院光が何と、今年中にも落語家に復帰するらしいという情報が流された。しかも、伊集院光本人による情報ということで信憑性はかなり高い。

なぜ、伊集院光は落語を始めることになったのだろうか。落語家復帰の経緯について詳しく掘り下げていきたい。

朝のラジオ番組で師匠が提案

伊集院光の落語家復帰は、師匠である三遊亭円楽の一言から始まった。

伊集院光が平日の午前中にパーソナリティを務めているラジオ「伊集院光とらじおと」のゲストコーナーにリモート出演した師匠の三遊亭円楽。

新型コロナウイルスによる自粛生活についてのトークの流れでエンタメの話になり、コロナ明けには大きな目玉をつくりたいですね、と伊集院光が話を振った。

それに対して円楽が提案したのが伊集院光の落語家復帰である。伊集院光は三遊亭円楽の愛弟子であり、デビュー当時は三遊亭楽大という高座名で落語家として活動していた。

三遊亭円楽はラジオの生電話で伊集院光との親子会(師匠と弟子が同じ舞台で落語を披露する)の開催を提案し、意外すぎる提案としてその後も話題となった。

伊集院光も満更ではない様子

師匠の三遊亭円楽から生電話によって落語家への復帰を提案された伊集院光。落語を離れてすでに30年以上の月日が流れており、いかに師匠からの提案といえどもやんわりと断るか、いつもの皮肉めいたジョークで返すものと思われた。

しかしながら、伊集院光は師匠の提案に対し、「2人会という形だったらぜひ……」と返答。生放送で奇跡の落語家復帰のオファーが快諾される流れとなった。

その場の流れで終わるのなら、たんなるリップサービスとも言えるだろう。しかし、その後ゲスト出演したラジオ番組でも「伊集院光、落語をやります」と発表。師匠から落語家復帰を持ちかけられた喜びを滲ませた。

伊集院光は落語をつづけている?

師匠からの提案によって落語家に復帰することとなった伊集院光。本人曰く、「伊集院光になってから落語は捨てた」と語っており、落語家復帰にむけてあらかじめ準備していた、というヤラセではどうやらなさそうだ。

落語家復帰の可能性は?

伊集院光が落語家復帰するという噂により、伊集院光の本格的な落語家復帰を待ち望む声が増えているようだが、それはまた別の話である。

伊集院光が今回快諾したのはあくまでも「師匠・三遊亭円楽との親子会」であり、コロナウイルスによる長引く自粛生活の後の楽しみを作っておこう、という狙いがあった、という流れであり、決してこれをきっかけに落語家として本格復帰しよう、という話ではないようだ。

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伊集院光が落語をやめた理由は?師匠に破門されたから?

今や、伊集院光が「三遊亭楽大」という落語家であったことを知っている世代のほうが少なくなっているかもしれない。

伊集院光はなぜ、落語を捨ててしまったのだろうか。伊集院光が落語をやめた理由について考察していきたい。

落語をやめた理由①ラジオで売れすぎた

伊集院光という名前自体、実は芸名である。伊集院光の名前が世間に広く知れ渡ったきっかけは、やはりラジオである。

20代で「オールナイトニッポン」のパーソナリティを務めていた伊集院光。ラジオに出ることそのものを師匠の三遊亭円楽に秘密にしており、ラジオ出演が師匠に知られないようにするために「伊集院光」という芸名を名乗っていた、というのが真相である。

ただ、「オールナイトニッポン」をきっかけにあまりにも売れすぎたために結局は師匠に伊集院光の存在が知られてしまい、「落語家かラジオか」という二者択一を迫られた伊集院光は、迷うことなくラジオを選んだ。

その時点から、三遊亭楽大は死んだのである。

落語をやめた理由②師匠に逆らったから

一般的に、落語家が破門されるのは師匠に見放されたためである。落語の世界において師弟関係は絶対であり、師匠の言いつけに逆らうことは落語家としての名前を捨て去るに等しい。

伊集院光も師匠に黙ってラジオ出演を繰り返したことから、師匠の円楽から破門されたのでは、とも言われているが、実際は破門ではなく、師弟関係はゆるい形でつづいているようだ。

落語をやめた理由3単純に向いていなかった

落語家も厳しい世界であり、よほどの才能がなければ生き残ることが許されない。今でこそラジオ、テレビと多彩なセンスと才能を見せつけている伊集院光だが、だからといって落語もうまいということにはならない。

そもそも、落語家として才能があれば現在でも落語をつづけているはずで、それができないと判断したからこそ、伊集院光はラジオに活路を見出したのではあるまいか。

伊集院光だけじゃない!実は落語家だった大物芸人

落語家としての名前を持つ大物芸人は伊集院光だけではない。実は落語家だった大物芸人について見ていこう。

明石家さんま

テレビの印象しかない明石家さんまだが、実は落語家出身で、もともと笑福亭さんまという名前だった。師匠の笑福亭松之助は2018年に亡くなっており、師匠と並んで口上を述べる貴重な姿も見られた。

ビートたけし

BIG3としてすでに名声を手に入れた後、立川談志の芸能人コースに入門し、「立川梅春」という名前をもらっている。

最近でも立川梅春の高座名で古典落語を披露しており、漫才とはひと味違った才能を見せつけている。

ダンカン

もともとは立川談志の弟子で、後にたけし軍団に入門した。

伊集院光の落語をぜひチェック!YouTubeでも配信してほしい!

今年中に落語家として復帰することを公表した伊集院光。ラジオとはまたひと味違う話術とワードセンスを見せつけてほしい。

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