新海誠監督最新作「天気の子」を予告編だけでボロクソにけなしてみる

2019年7月27日君の名は。, 天気の子, 小栗旬, 新海誠, 本田翼

「君の名は。」から3年余り。新海誠監督が満を持して世に送り出す最新作、「天気の子」。劇場ではもうすでに予告編が公開されており、公式ウェブサイトもオープンしてその全貌が少しずつ明らかになってきた。

予告編だけでこんなことを書くのも不遜であり、新海誠ファンから袋叩きに遭うことはもはや目に見えているのだが、それでもあえてこのタイミングで声を大にして(フォントを太字にして?)言わせてほしい。

「新海誠って、本当に面白いの?」

「天気の子」の予告編を見たストレートな感想は、控えめに言えば「うーん……」、オブラートに包まずに言えば、「やっぱり見る価値ないかも」というものであった。

何というか、「君の名は。」の残像がちらついて仕方がないのである。アニメの範疇を超えたリアルすぎる描画力といい、小栗旬、本田翼とネームバリュー抜群の豪華キャストを声優陣に据えている点といい、どうしてもあの映画の既視感が拭えないのである。「天気の子」の予告編に「前前前世」をかぶせてもまったく違和感はないかもしれない。

そして、肝心のストーリー。天気をモチーフにしたファンタジーらしいが、予告編の映像を見てもわかるように、いわゆる「ボーイ・ミーツ・ガール」ものであることは変わらないらしい(ガール・ミーツ・ボーイというべきか)。

絵のタッチもほぼ同じ、ストーリーの大枠も変わり映えしないとなれば、これはもうますます、「君の名は。」との違いがわからなくなってしまう。新海監督としては、(「君の名は。」よりもちょっと大人になったでしょ?)と言いたいのかもしれないが、少なくとも予告編で見るかぎり、登場人物たちに制服を着せればそのまま「君の名は。」になりそうな雰囲気さえある。要するに、驚きと新鮮味がないのだ。

もともと、新海誠監督は青春期にある男女の、言葉にできないもどかしさやすれ違いを表現することに命を懸けていたし、その技術にも長けていた。そのテーマは今回もぶれないよ、ということなのかもしれないが、いやいや、テーマが一貫していることと、表現手法が似通って見えることはまったくの別問題なのである。巨匠・黒澤明は「羅生門」、「7人の侍」のような殺伐とした世界を描きながらも、「生きる」などヒューマニックな作品を一方で遺した。そのうえで「命とはどういうものか」という大きなテーマを問いつづけたところに「世界のクロサワ」の凄味があるのだ。

……とは言いつつ、私もなんだかんだ言って「天気の子」の公開を心待ちにしているひとりである。ブログという場でここまであからさまにけなしておきながら、本編をみずに終わりにするのはあまりにも失礼だろう。

本編の感想もこのブログに掲載予定なので、今回の悪口に呆れていなければ読んでやってください。